レーズンパンの思い出
レーズンパンは、思い出の味だ。
「墓参りいこうか。」
お父さんのお墓参りに、彼の故郷である天草の海沿いの街に車で40分ぐらいかけて、通っていた。 ヤシの木が並ぶ海岸線に、潮風の独特な香りが街中より一層強く、天草が島であることを思い出させてくれるそんな道は、バイカーの中では憧れになっていると聞いたこともある。
40分のドライブ。
5人の時間が4人の空間になって、それぞれの思いがあったんだろうなと、今になって思う。
お父さんが運転していた道を、自分で運転する母はどんな気持ちだったのだろうか。
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お墓は小高いところにあって、足元のところに、この町で一番大きいスーパーがある。
「シープル」という海のSeaと人のPeopleを合わせてシープルなんだと、田舎のオシャレで賢い誰かが、当時の知恵を振り絞ってなずけたんだと思うと、今は地元の若者にダサいと言われているであろう名前にも愛着を感じたりする。
シープルの中には、パン屋さんが入っていて、総菜パンやちょっとしたケーキなんかも売っていて、地元の人の手土産なんかに、活躍していたらしい。
そのパン屋さんで売られていたのが、レーズンフランスと呼ばれるパンだった。
読んで字のごとく、フランスパンの固めの生地に、ラム酒に少し漬けられて柔らかくなったレーズンがぎっしり入っているものだった。
どの家族にも一人はいるレーズン嫌いの兄は、食べなかったのだけれど、母と姉と僕は、ぱりぱりの生地としっとりしたレーズンのこのパンが好きだった。
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小さな缶ビールと生花、レーズンフランスとソーセージパンを買って、海の見えるお墓までの坂道をみんなで登っていく。
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「レーズンフランス食べにいこっか」
40分のドライブ。
レーズンパンは、思い出の味だ。